宇都宮地方裁判所足利支部 昭和51年(ワ)112号 判決 1981年10月29日
原告 堀越文次郎
右訴訟代理人弁護士 濱秀和
右同 金丸精孝
被告 石川信司
被告 七原藤夫
右被告両名訴訟代理人弁護士 木村壮
右同 近藤康二
被告 株式会社シャイン・ボオウル
右代表者代表取締役 肥田健吉
被告 小林昭一
主文
一、被告七原藤夫は、別紙物件目録一記載の田についてした宇都宮地方法務局足利支局昭和五一年八月三日受付第一二一七七号同年七月三〇日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二、被告石川信司は、別紙物件目録一、二記載の各田についてした宇都宮地方法務局足利支局昭和五一年三月一三日受付第四一三二号同年二月一七日競落を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三、被告株式会社シャイン・ボオウルは、別紙物件目録一、二記載の田についてした宇都宮地方法務局足利支局昭和四九年一月七日受付第三三号、同四八年一二月一八日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
四、被告小林昭一は、原告に対し、別紙物件目録一、二記載の田について昭和三〇年一一月一日贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
五、訴訟費用のうち、原告と各被告との間に生じた分については各該当被告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
1 主位的請求
主文と同旨の判決。
2 予備的請求
被告石川信司、同七原藤夫は、自己またはその代理人、使用人、雇人らをして別紙物件目録一、二記載の田に立入ったり、土砂を投棄したりさせて、原告の右田の使用及び占有を妨害してはならず、また第三者をして右行為をさせてはならない。
二、被告ら
1 被告石川信司および同七原藤夫
原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
2 被告株式会社シャイン・ボオウルおよび同小林昭一
なし。
第二、当事者の主張
一、請求原因
(一) 原告は、つぎのとおり別紙目録記載の各土地(以下本件田という)の所有権を取得し耕作してきた。
1 原告の実父訴外亡堀越源八(以下亡源八という)は、大正の初頃から本件田と足利市五十部町字町田一四三番、同一四四番二、同一四五番一、同一四五番二、同一四五番三、同一四五番五、同一四五番八のいずれも田(以上を以下本件関連の田という)合計約一反五畝歩をこれらの所有者であった訴外亡小林春吉から小作して耕作してきた。その後、右各田の所有権および登記名義がいずれも右小林春吉から孫の被告小林昭一に移転したため、亡源八は引き続き被告小林からこれらの田を小作して耕作してきた。
2 被告小林は、昭和二九年頃、借財がかさみ財産整理のうえ債務の返済に充当しなければならない羽目になったため、亡源八の耕作する右各田のうち、同人に対し本件田を無償で譲渡することを条件として、他の各田についての離作を求めてきた。そこで亡源八は本件田の所有権が確実に同人に帰することとなるならば(すなわち、本件田について完全な所有権を取得することを条件として)、他の各田について耕作をやめ、離作していい旨の承諾をし、同人からその確約を得たので、その結果、本件田を手元に残し、本件関連の田の耕作をやめ、これを被告小林に返還した。被告小林は亡源八との右約束にもとづき昭和三〇年五月一二日付で本件田について栃木県知事に対し、堀越源八への所有権移転のための許可申請(農地法三条)を行ない、同年八月三〇日同知事から許可処分があった。そして、被告小林は、本件田を亡源八に贈与する旨の昭和三〇年一一月一日付の贈与証書を作成し、これを右同人に交付した。
3 亡源八は、被告小林から本件田について所有権移転登記手続をしてもらえないまま昭和四二年七月一九日死亡し、その相続財産については相続人間で協議のうえ、本件田についての一切の権利は原告が相続することとなり、以降原告は本件田を耕作して現在に至っている。
(二) 亡源八および原告が本件田の所有権を取得した後において、被告らは本件田につき所有権移転登記を経由した。
1 被告小林は、昭和四八年本件土地に抵当権を設定して、被告シャイン・ボオウルから金を借り受けたが、さらに、同四八年八月一七日栃木県知事に対し農地法五条一項三号の届出をし、かつ同知事の受理をまって、被告シャイン・ボオウルのため、同四九年一月七日宇都宮地方法務局足利支局受付昭和四八年一二月一八日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。
2 被告シャイン・ボオウルは、昭和四九年七月二〇日訴外東京熱学工業株式会社のため本件田について、訴外三菱重工日本ビクターエアコン販売株式会社を債権者として極度額一、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同年一二月二〇日宇都宮地方法務局足利支局同日受付第二二〇六号根抵当権設定登記を経由した。そして同訴外会社は昭和五〇年六月一四日当庁に対し競売の申立(当庁昭和五〇年(ケ)第一一号)をし、同五一年二月一七日被告石川が本件田を金四八万円で競落し、これを原因として宇都宮地方法務局足利支局昭和五一年三月一三日受付第四一三二号所有権移転登記を経由した。
3 被告石川は昭和五一年六月三日分筆前の本件田を分筆した上、昭和五〇年七月三〇日別紙物件目録一記載の田のみを被告七原に譲渡し、宇都宮地方法務局足利支局昭和五一年八月三日受付第一二一七七号をもって売買を原因として所有権移転登記を経由した。
(三) よって原告は、所有権に基づき各被告らに対し、前記当事者の求めた裁判、主位的請求記載のとおりの登記手続を求める。
(四) 仮に、右主位的請求が認容されない場合、原告は本件田についての賃借権に基づき前記当事者の求めた裁判、予備的請求記載の請求をする。すなわち、亡源八は被告小林から本件田および本件関連の田を小作して耕作していたのであるが、前記のとおり本件田を無償譲渡され完全にその所有権を取得することを条件に他の田に対する耕作権(賃借権)を放棄したのである(より正確にいえば、完全な所有権の取得できないことを解除条件として賃貸借契約の合意解約をしたというべきである)。したがって、本件田の所有権が確定的に取得できないとするならば亡源八の相続人である原告は依然として本件田について賃借権を有するというべきであって、このことは多くの説明を要しない程明白というべきである。亡源八が本件田および本件関連の田についての賃貸借契約の合意解約(右の解除条件付合意解約)について、知事の許可があったことは明白であるが、この許可は補充行為であって、私法上の契約が他の理由により効力を失う場合には、許可の効力も失効することとなるのは行政法学のうえからとくに説明を要しないほど争いのない事柄である。
二、請求原因に対する認否
(一) 被告石川および同七原
三、被告石川および同七原の抗弁
被告石川および同七原は、請求原因(二)項の各登記原因記載のとおり、本件田につき所有者被告小林から被告シャイン・ボオウルへ、同被告から被告石川へ、同被告から被告七原へ(一部)と順次移転した所有権を取得しているものである。したがって、原告は、本件田につき所有権移転登記を経ていないから、その取得した所有権に基づき被告両名に対し本訴請求をなすことは民法一七七条により許されない。
四、抗弁に対する認否
抗弁のうち、被告ら主張の各登記原因となった法律行為および競落のあったこと、および原告が被告ら主張の登記手続を経ていないことを認める。
五、再抗弁
(一) 被告シャイン・ボオウルと被告小林との間の本件田の売買契約はつぎの理由により効力を有しないから、被告シャイン・ボオウルから順次所有権を承継したとする被告石川および同七原の所有権の取得も同じく効力を有しない。
すなわち、農地法施行規則六条の二第一項、四条の二第一項三号は右の届出をしようとする者は、土地の所有者および耕作者の氏名又は名称および住所を届出書に記載しなければならないとしており、かつ、同規則六条の二第三項、四条の二第二項、二号は当該農地が賃貸借の目的となっている場合には、解約の許可のあったことを証する書面の添付を要求している。すなわち、農地法は耕作者の保護を第一義としているため、届出による農地の転用のための移動によって故なく耕作者の耕作権が失われることのないように手当をしており、所有権移転後に所有権者のほかに耕作者が残ることを全く予想していないのである。換言すれば、転用のための権利移動の対象となる農地について耕作する者がいないことが、転用のための権利移動の法定の要件となっていると解されるのである。被告小林はいまだかつて本件田を耕作したことのないのはもとより、前記事実関係からすると、原告がこれを占有耕作していることを十分知りながら、かつ、被告シャイン・ボオウルの代表取締役清水幸子も訴外河内良造に聞き、また同社の社員の調査と自らの確認によって本件田の真実の所有者が原告であり、原告が耕作していることを知りながら、両者共謀のうえ、本件田の所有者が被告小林であり、その耕作者も同人である旨の虚構の農地の転用移動の届出書を作成し、栃木県知事に提出して受理されたものである。偽りの事実を届出て、その結果行政庁が錯誤に陥って行政処分がされた場合の処分の効力もさることながら、右のように、転用移動を求める田に適法な耕作者がいないことが、受理の法定要件となっているものとするならば、栃木県知事の本件受理は法定要件を欠く違法な受理処分であることが明らかである。そして、この法定要件はきわめて重大であり、客観的にこの欠缺は明白であるから、本件受理は重大かつ明白な瑕疵があるものとして無効といわざるをえない。
なお、本件において、届出受理については、農地法の立法の趣旨から考えると、当該農地について所有者以外の耕作者の存在しないことが重要な法定要件となっていることは明らかであり、農地の客観的な性質から考え、問題の本件田については、それが耕作中のものであり、それが所有名義人以外によって耕作されているものであることは、四囲の状況から明らかに認定できる事情にあったというべきであるのみならず、そもそも行政処分の無効を招来する処分に附着する瑕疵の重大かつ明白であることの要件は、不確定概念であって、当該処分の効力を維持することによる関係者の利益と当該処分の効力を否定することによる関係者の利益の具体的な衡量を背後に検討しなければならない事項である。本件における事実関係の背後にある具体的事情は、受理行為の効力を否定するのに十分であると考える。
右の届出について、農地法五条二項は同三条四項の規定を準用しており、右の届出の受理のない権利の移動の効力は生じないこととされている。受理処分が重大かつ明白な瑕疵によって無効とされれば結局、受理がないこととなり、被告小林と被告シャイン・ボオウル間の本件田の売買契約は効力を生ぜず(この点で受理処分は認可の一種である)、被告シャイン・ボオウルは本件田の所有権を取得しなかったものと断定せざるをえない。
(二) 仮に右主張が容れられないとしても、被告シャイン・ボオウル、同石川および同七原らは、本件田の所有権取得につき、原告との関係で民法一七七条の適用を除外されるべき背信的悪意者であるから、原告は登記なくして本件所有権を対抗できる。すなわち、
1 被告シャイン・ボオウルの社員数名は、昭和四八年四月頃訴外河内良造の自宅に出向き、同人から同人の耕作する被告小林名義の土地と原告の耕作する本件田はいずれも、被告小林の名義となっているが、その所有権はすでに右河内良造・原告にそれぞれ移転している旨の説明と、原告の先代が前記のような経緯によって本件田の所有権を取得したことおよび亡源八において被告小林に返還した土地はその後、訴外河端藤蔵に売られたけれども知事の許可が得られないまま同人が実際は売買対価を払って名目上は小作として耕作中被告小林がこれを他に担保に供したため、河内良造が右河端の懇請と被告小林の依頼によってその債務を弁済して所有権を取得したものである事情についてこと細かに説明を受け、かつ被告小林名義の土地であっても、これは単に登記簿上のことであって、真実の所有者は河内良造であり、原告である旨を十二分に了解して帰っている。さらに、被告シャイン・ボオウルの代表取締役清水幸子も右河内良造に詳しくそのことを確めているのである。
そしてその直後右の事情を無視し、本件田が被告小林の所有名義であることを奇貨として、被告シャイン・ボオウルにおいて被告小林から抵当権の設定を受け、引き続いて所有権移転を受けたものである。このように被告シャイン・ボオウルは本件田の所有権が被告小林になく、原告のものであり、これについて抵当権の設定を受けたり、所有権の移転を受けたりすることは、原告の有する本件田の所有権について重大な侵害となることを十二分に知って、右の抵当権の設定・所有権の移転の各契約をしたものである。すなわち、被告シャイン・ボオウルの抵当権の取得および所有権の取得(所有権の取得は無効と解すべきであるが、それ以前の問題として)は、いずれも取引社会において容認できない背信的悪意にもとづくものであって、そもそも出発点からして同被告に保護されなければならない信頼利益など全くないのである。本件の受理処分がこのような背景をもち、さらに加えて、被告シャイン・ボオウルと被告小林の通謀による虚偽の届出(現実の耕作者が原告であるのにそうでないとした事実)を前提にされたものであることを考えると、被告シャイン・ボオウルは信頼利益を援用して処分の有効を主張できないばかりでなく、その本件田の所有権取得をもって原告に対抗できない。
2 そして、被告石川信司にしてもそうである。同被告は現況田である本件田が原告によって耕作され、原告所有のものであることを知悉していたのである。原告と被告石川の居住関係からみて同被告が競売前に本件田の存在を知っており、被告石川の職業から考えても、原告の居宅の前にある本件田の周辺(本件田は道路端に存在する)を営業上通行したはずであり、本件田を競落するに当っては、現地の確認を怠るはずはなく、現地をみる以上、原告が本件田を所有し耕作していた事情を知悉していた。小さな足利の隣近所のことはそれぞれ了知している部分社会の中で、競売手続を利用して抜けがけで原告の耕作地を奪おうとしたのが同被告であって、そこに保護さるべき信頼利益など露ほども見出すことはできない。
3 被告七原も事情は被告石川と同様であり、かつ被告石川が本件田を競落し、原告とトラブルを生じてから所有権を取得したものである。
4 以上、被告らの本件田の取得は、社会的にみれば登記の欠缺を主張することができない背信的悪意者である。
六、再抗弁に対する認否と反論
(一) 再抗弁(一)の事実のうち、被告小林と被告シャイン・ボオウルが本件田の農地転用移動届出書に、所有者と耕作者が被告小林であると記載してこれを栃木県知事に提出し、受理されたことは認めるが、その間の事情についての原告の主張事実は知らない。
農地法五条一項三号の届出に対する栃木県知事の受理は有効であり、被告シャイン・ボオウルの本件田の所有権取得は有効である。すなわち、
1 農地法施行規則六条の二第一項、四条の二第一項三号は右の届出をしようとする者は、土地の所有者および耕作者の氏名又は名称および住所を届出書に記載しなければならないとしており、かつ、同規則六条の二第三項、四条の二第二項二号は当該農地が「賃貸借の目的」となっている場合には、解約の許可のあったことを証する書面の添付を要求している。
ここで留意されるべきは、右規定上明確に「賃貸借の目的」ということがうたわれていることである。これは、農地法が農地改革を促進し、かつ、その成果を確保するために立法されたものであり、自作農主義の徹底を期待した反面、小作者の権利の前近代化的側面を払拭し、権利性の強い賃借権に移行させその小作人保護を徹底化(その具体的表れは農地法一八条である)した結果である。
他方、原告主張の「当該農地について所有権にもとづく適法な耕作者」、或いは、「当該農地について、正当に占有を取得し、現実にこれを耕作する第三者」については、その権利を確保するには、所有権者たる登記をすればよいのであるから、一般取引上の登記という対抗要件によって処理すれば足りるとしているのである。
この理は、農地法における諸規制は、民事上の権利関係の適正を保障することを目的とするものでないことからしても明らかである。
勿論、農地法施行規則によれば、農地転用の際に、小作人を保護するとの見地から県知事等に独自の調査権を付与しているわけではあるが、その調査の射程は「賃借権の目的」たる農地しか及ばないのである(原告は、本件田について賃借権を有していないことは後述する)。
このことからしても、栃木県知事における本件届出の受理は、無効ではありえない。
2 農林省昭和四六・四・二六、四六農地B五〇〇号局長通達によれば、同通達三及び原告が引用する農地法施行規則各条の規定は、当該農地について賃貸借契約が存続しては、農地を農地以外に転用することが事実上できないために事前にその調整がなされていることを農業委員会等で確認できるように、申請者に対し農地の賃貸借契約が終了することの合意ないし確実であることを証する書面の添付を要求している。しかも、同通達においては、往々申請者に右のことを期待できないことを考慮して農業委員会自体が右の点を独自に調査することを命じている。
すなわち、同通達五、農業委員会の処理によれば、
① 農業委員会は、届出書の提出があったときは、すみやかに届出に係る土地が市街化区域内にあるかどうか、届出書の法定記載事項が記載されているかどうかおよび添付書類が具備されているかどうかを検討するほか「当該届出に係る農地または採草放牧が賃貸借の目的となっているかどうかを調査して様式第一〇号による確認書を作成し、これを届出書に添付して都道府県知事に進達しなければならない(農業委員会は、確認書の写しを保管する。)」(「」は被告ら付記)とされ、同通達六、都道府県知事の処理によれば、
① 都道府県知事は、農業委員会の進達により届出書が到達したときは、すみやかにその届出が適法であるかどうかを審査して、その受理または不受理を決定するものとする。
ところで、足利市農業委員会の前記通達五①による調査においては、被告小林からの届出申請に際して、原告の賃借権の有無を調査したが農家台帳及び小作台帳等にも登録されていなかったので、確認できなかったものである。それ故、仮に被告小林からの申請に原告が主張するような虚偽の事実ないし、必要添付書類が欠けていたとしても、行政庁において自ら調査のうえ、その申請が所定の基準に該当するとして届出を受理した以上、当該処分の効力には何らの影響はないのであり、これは判例でもある(許可につき福島地判昭和三六年六月五日、行裁集一二巻六号一一六〇頁)。
このことからしても、栃木県知事における本件届出の受理は、無効ではありえない。
(二) 被告石川、同七原が民法一七七条の第三者に該当しないとされるところの背信的悪意者であるとの主張を争う。すなわち、被告石川信司は、本件土地を競売によって競落取得したのである。右競落手続においては、任意競売の基本となる担保権や被担保債権の実体法上の瑕疵は何ら存しておらず右競売における公告には、不動産の表示として田とはあるものの現況宅地とし、賃貸借なしと表示されており、競売記録中には、同旨の執行官の報告書が存している被告石川においては、右裁判所における公の調査によってなされた公告書によって現在の土地利用関係が明らかにされていると信じ、競売に参加したのである。被告石川においては、裁判所における調査以上に調べる途がなかったのであり、いわんや本件土地につき、原告が主張するような複雑な経過を経て、訴外小林春吉・亡源八間に贈与証書がかわされ、原告が本件土地を利用するに至った経緯は知るすべがなかったのである。ましてや、被告七原が、本件土地中、同人名義となっている土地を被告石川から譲りうけた動機は、訴外安藤節子と昭和五一年四月婚約をなし、同年秋頃に右土地上に新居を完成させ、その後はれて挙式をなそうとの計画によるものであり、原告が主張しているような被告石川の意図及び原告が本件土地を利用するに至った経過については全く知りうべき立場ではなかったのである。
第三、証拠《省略》
理由
(被告シャイン・ボオウルに対する請求について)
右被告は本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、原告主張の請求原因事実を自白したものとみなす。右事実によれば、原告の請求には理由があるから正当として認容することとする。
(その余の被告らに対する主位的請求について)
一、請求原因事実について
1 原告と被告石川、同七原との関係では、本件田が元訴外亡小林春吉の所有であり、その後被告小林の所有に帰したことは争いがない。
《証拠省略》を総合すれば、請求原因(一)項1ないし3の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
2 原告と被告石川および同七原との間においては、同(二)項の事実に争いがない。原告と被告小林との間においては、《証拠省略》によれば同(二)項1の事実が認められる。
3 よって、被告小林においては、これに対する何らの抗弁その他の主張がないので、同被告に対する請求は理由があることになり認容すべきである。
二、被告石川および同七原の抗弁事実中、被告ら主張の各登記原因となった法律行為および競落のあったこと、原告が被告ら主張の登記手続を経ていないことは当事者間に争いがない。
三、再抗弁(一)項について
1 《証拠省略》によれば、被告小林と被告シャイン・ボォウルの代表取締役清水幸子は、昭和四八年八月一七日本件田につき前者を譲渡人、後者を譲受人とし、住宅敷地五に転用することを目的として、農地法条一項三号の規定による農地転用届出書を栃木県知事宛に提出したところ、同知事は同年一〇月三日右届出を受理したこと、右届出書には土地所有者および耕作者がいずれも被告小林である旨、および被告小林の住所が東京都渋谷区(以下略)、職業会社員である旨の記載があることの各事実が認められ、これに反する証拠はない。他方、《証拠省略》によれば、右届出および受理の当時、本件田は原告が耕作していたことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで、農地法は、一条において、農地の耕作者の権利の保護と地位の安定を図ることを中心的な目的とすることを定め、五条においては原則的に農地の転用を目的とする権利の移転に知事の許可を必要としながら、特別の場合に知事への届出で足りるとし、かつ、右届出の場合、農地法施行規則六条の二第一項により土地耕作者の氏名、住所を届出書に記載せしめ、同規則六条の二第三項の準用する四条の二第二項二号が届出にかかる農地が賃貸借の目的となっている場合には、解約等につき農地法二〇条の知事の許可があったことを証する書面の添付を義務づけていること等からすれば、農地法五条一項三号の届出には、当該農地につき賃借人が存しないことが受理の要件となっていることが明らかであるが、さらに本件の如く、所有権に基づき長年に亘って現実に耕作している原告がいる場合、これを無視して届出を受理しうるとすれば、耕作者の権利保護と地位の安定を損うことになって、農地法の目的は没却されてしまうことになるから、賃借権と同様、所有権に基づく耕作者がいないこともまた受理の要件ということになる。
右の点に関し、被告らは、農地法施行規則六条の二第三項、四条の二第二項二号が賃貸借のみを対象としていることを理由に、本件の如く所有権に基づく耕作者の不存在は受理の要件ではない旨を主張する。しかしながら、所有権に基づく耕作は本来賃借権に基づく耕作よりもより保護されるべきであるうえに、前認定のとおり原告の前主亡源八は本件田の譲受につき昭和三〇年八月三〇日県知事の許可を受けていること、農地法一条が「農地はその耕作者自らが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進」することを第一の目的としていることによれば、被告ら主張のように、所有権による耕作者は登記の経由によってのみその耕作の権利を確保すべきとするのは、農地法の解釈として採りえないところである。
2 以上のとおり、本件知事の受理処分は違法であるが、さらに、右違法が重大かつ明白な瑕疵によるものとして無効といいうるかをつぎに検討する。
まず、農地法の前記目的に照らせば、現実の耕作者の存在を無視して農地を宅地に転用してしまうことを認めることになる本件受理には重大な瑕疵が存すると判断せざるをえない。
つぎに、右瑕疵の明白性であるが、一般に瑕疵が明白であるとは、処分成立の当初から、要件の誤認であることが外形上、客観的に明白である場合を指すところ、本件届出書の記載自体からして、所有名義人にして耕作者とされた被告小林の住所が東京にあること、そのうえ、同被告の職業が会社員と記載されていること自体、一見して不自然であるうえ、原告方では、先代が耕作し始めた大正初頃から長年に亘って本件田を住居地の近くで引続き耕作してきたものであって、このことは知事または農業委員会において格別の調査をせずとも、本件届出に際してごく一般的に必要とされる調査によって容易かつ明白に知りうるところであって、なんぴとの判断によっても同一の結論に到達しうる事実と考えられるから、右事実の誤認は外形上も客観的にも明白といわなければならない。
3 よって、本件知事の受理処分は無効であり、右受理を効力要件とする被告小林と被告シャイン・ボォウル間の売買契約は効力を有しないから、その後の本件田の権利移転も無効である。
四、以上のとおり、原告の再抗弁(一)項には理由があるから、同(二)項についての判断を加えるまでもなく、原告の主位的請求には理由があることに帰するので、これを全て認容することとする。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項但書、後段を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本孝子)
<以下省略>